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社 長 コ ラ ムCOLUMN

第101回
2024.05.24

手柄とおいしいポストは譲る

トップキャリアをめざして確実にステップアップしていくなら、そこには知っておくべきノウハウのようなものがあります。私はこれまで数多くのキャリアを拝見してきましたが、そのなかからひとつ具体的な事例をみなさまにご紹介したいと思います。

みなさまが所属している会社にも、やりたい業務や就きたい部署があると思います。そこに異動希望を出したが叶わなかったというのはよくある話です。それで悩んだりモヤモヤしたりされる方もいらっしゃることでしょう。その一方で希望通りの部門や花形的な部署に定着して充実したキャリアを過ごされている方もいらっしゃいます。ところが、そこには思わぬ落とし穴があることをご存知でしょうか。

私がお会いしたトップキャリア候補のなかで、次のような事例がありました。これは私がコンサルティングしていた大手化粧品メーカーで実際にあった話です。登場人物は入社30年、着々とステップを踏み、若くして宣伝部長に就任しました。その会社の広告、広報、販促などの予算を一手に握るポストです。20代の頃に営業をはじめいくつかのセクションをローテーションで経験し、その過程で非常に優秀だと注目され、経験や実績も先行して走ってきた人物でした。もちろん経営者の覚えもめでたく、やがて花形セクションに抜擢され、若き宣伝部長が誕生。弱冠31歳で最年少部長として名を馳せました。具体的にどういう役割を担ったかというと、化粧品メーカーは社名やブランドの認知度を高めるために多くの広告宣伝をプロモーションするのでそれを統括します。またこの会社は地域振興に積極的に取り組み、自治体のキャンペーンやイベントなどに協賛という形で参加し、資金提供をしていました。例えばスポーツの冠スポンサーなどです。政権与党に似たところがありますが大企業も自治体から陳情を受けることが多く「協賛金を出していただけませんか」「地域振興のためにぜひご協力を」などと社内外から陳情が押し寄せます。そのためこの化粧品メーカーの宣伝部は協賛への拠出金を年間10億円ほど握っていました。弱冠31歳の宣伝部長が10億円を自由に差配できるわけです。そのような権勢を誇っていたためこの人物は社内でも抜群の花形として認知されていました。いろいろ苦労はあったでしょうが、何かを売り込むような苦労はなく、陳情を受けてそこにいくら拠出するか検討するわけですから別格です。社内では出世の登竜門として特別視されていました。そこに最年少部長が誕生したわけですから花形中の花形です。私が最初にお目に掛かった時も本当に楽しそうに仕事をされていました。転職や独立を考えることなどかけらもなく、社内で抜群の存在感を発揮します。私も「この方は当面ここに残られて充実したビジネスライフを送るのだろうな」と思いました。経営者からの評価も高いので、充分に手腕を発揮し、更に実績を積まれることを期待しつつ、その後はときおり情報交換をさせていただく程度のお付き合いに落ち着いていました。

ところが宣伝部長着任から5年後、近況報告をしたいということでお誘いを受け、久しぶりにお会いしました。私はその時、非常に違和感を持ちました。どういうことかというと全く異動されていなかったのです。もちろん人事異動というのは会社が決めることですから、この方がどうこうではないのですが、5年経っても相変わらず宣伝部で辣腕をふるっていました。会社は大きくなっているし、当人も成長しているはずですが、何かおかしい。ふと思い当たった私はこの方に率直に申し上げました。
「宣伝部という部署は押すに押されぬ花形セクションですね。特に陳情を受けて予算の割り振りをする業務は、国家で言えば財務省にも等しい仕事です。抜群の権限を持っているわけです。あなたはいずれ経営者の後継候補になれるポテンシャルを持つ人だと思っています。だからこそ、そろそろご自分から異動希望を出して、このポストは後進に譲られたほうがよろしいと思います」
ご本人はきょとんとして私にやんわり反論しました。
「今は仕事がとても楽しく、トップからもすごく評価されて、やりがいもありますし、とにかく充実しているので異動は考えたこともありません」
仕事が充実して楽しいのは顔色を見ればよくわかりますし、年収がそれなりに上がったことも容易に想像できます。ですがそろそろこのポストは後進に譲った方がよいと私は考えました。社内でも特に羨望の目で見られるポストですから、異動命令がなくても自分から異動した方がよいのです。その希望が叶わなければ話は別です。上層部から「もう少しここでがんばってくれ」と言われたのなら現在の仕事にコミットメントすればよいでしょう。ただしこのポストは花形ゆえに、本人の知らないところで必ず恨みを買います。権限が強すぎることも逆効果になります。例えオーナー経営者の後ろ盾があるとしても、長く宣伝部長職に定着することは、社内に敵を作る可能性があります。経営者を視野に入れた候補者として評価され、現職に就いたのですから、それを忘れてはなりません。もちろんオーナー経営者の異動命令なく本人から何かアクションを起こすというイメージはなかったかもしれませんが、後進にポストを譲ることで、もう少し汗をかける部署への異動をオーナー経営者に直訴してみたらどうかと申し上げました。もしかするとオーナーはそういう面も含めて人物像の評価をしているかもしれません。もともと陳情を受けて協賛金を振り分けるというのは単なる「役割」であって「能力」ではありません。しかし会社の前線部隊から見るとまぶしく見えます。見えない敵をつくるというのは、そういうことです。本人がこの会社で経営者をめざすのであれば、20年後に社内のネットワークが大事になってきます。嫉妬や嫌悪から明日の敵をつくることはキャリア上も得策ではありません。ご本人にはその辺のことをアドバイスしました。予想外のことを言われた宣伝部長は首を傾げていました。私のアドバイスがどうこうというわけではありませんが、ご本人は残念ながらこの面談の6年後に会社を辞めて転職しました。やはりポストから引きずり降ろされたとのことでした。要は「この世の春」に長く居すぎたということでしょう。

繰り返しになりますが、会社の仕事は「役割」が違うのであって上も下もありません。部署における「役割」があるのみです。ですがお金を生み出す部署、お金を使って効果を上げる部署などがあり、当該部署以外の人には見え方が違ってきます。大企業になればなるほど組織が縦割りになりやすいので、横が見えなくなってきます。予算配分を一手に握り、それを振り分ける権益は絶大です。そこに長く居すぎて他の部署の経験を喪失するということは、経営者をめざす上で長期的にマイナスになっているということです。この事例は若いうちに手柄を積み上げ、花形部署に就いたことで、却って会社における寿命を縮めてしまったということ。オーナー経営者はそこまで人物を読み切れていなかったのかもしれません。もしかするとオーナーは当人がおいしいポジションを後進に譲って更に汗をかく部署で経営者への道を求めてくるか、踏み絵を見るような気持ちだったのかもしれません。今回の事例でもそのあたりを宣伝部長が自分で分析できれば結果は変わっていたはずです。

会社には充実感に満ちた部署があるかと思えば、決して楽しいとは言えない部署も存在します。与えられた「縁の下の力持ち」的な位置で一生懸命に頑張っている方もいらっしゃいます。組織にはいろいろな役割があるので花形で大活躍するのは素晴らしいことですが、周囲への目配り、気配り、心配りをして、充実しすぎのポストに就いている方はあえてその魅力的なポストを早めに後進に譲ることで、ご自身のプレゼンスを高めるという政治的なセンスを身に着けることが望ましいと思います。この事例は手柄やおいしいポストを早めに譲ることについて、ひとつのエピソードとしてご紹介しました。