社 長 コ ラ ムCOLUMN
上級管理職の転職で怖いところ
弊社は社名のとおりエグゼクティブ・サーチを生業にしています。創業以来、半世紀にわたり数多くのエグゼクティブ(上級管理職)の転職を支援し、何千何万というケースを見てきました。上級管理職という呼称が何を指すかというのは企業規模などによって違いがあり、一概には申し上げられません。ですがこの記事では社長、役員、事業部長クラスで転職するケースを前提に取り上げたいと思います。
企業がピラミッド型の構造になっている以上、社長候補や役員候補を外部からヘッドハンティングするという情報は大きなインパクトがあり、必要以上にドラマティックに伝わるため、耳にした人々はかなりの衝撃を受けます。勤めている会社で社長候補が外部から招聘されるとなるとそのうわさで持ち切りになることでしょう。上級管理職の転職は一般の転職と較べれば量的に少ないですが、実はそのような人事案件は人々の目に触れないところで隠密裏に動いています。その社長候補や役員候補の転職模様は非常に独特なもので、ドロドロしたものが付いてくることがあります。これを読まれているみなさまには、すでにそれなりのポジションにある方もいらっしゃるでしょうし、まもなくそのフィールドでお声が掛かる方もおられるでしょうから、参考にしていただければと思います。今回は「上級管理職の転職で怖いところ」をふたつの側面から取り上げます。ひとつは「年収とポジションの交渉」、もうひとつは「迎える側は満場一致ではない」という内容です。
まず「年収とポジションの交渉」ですが、これはどういうことかというと、上級管理職でヘッドハンティングされる場合、年収やポジションがその会社で運用されている評価制度の枠の外にイレギュラーで設定されることが多い問題です。また内部で育っている人材がありながら、リスクを冒して外部から迎えた人材を幹部に抜擢することの是非も検討されます。その会社が抱えている何らかの課題とか、立ち上げようとしている企画とか、立て直さなければならない事業があり、これらはかなり難しい局面にあることが多いわけです。経営が順風満帆で人材が育っている会社で外部からヘッドハンティングするケースは多くありません。人材を外から迎えようとする会社はかなり追い込まれていると思われます。ですから大きな期待をして外部人材に賭けているため、年収やポジションがプロパーと合わない状態のまま交渉が進むことがあります。これが将来に禍根を残す怖いところです。例えば、こういうケースがあります。ヘッドハンティングを受けた方の希望年収は3,000万円で企業側が出せる上限は2,500万円だとします。この場合500万円のずれをどうするか。また迎える側はいろいろなリスクを考慮して「執行役員でスタートしてほしい」と考えます。しかし入社する側はある程度の権限を持ってリーダーシップが取れないと動きにくいので「最初から取締役のポジションが欲しい」と主張します。このように経過が流動的になる事態もよく発生します。ここでの要点はスカウトされた人材がどれくらい取り換えのきかない唯一無二に近い存在かどうかによって、交渉の成立が変わることです。もうこの人に賭けるしかない、この人以外は考えられないというように最終意思決定者が絶対評価をした場合、かなり高い要求をしていたとしても契約は成立します。会社はどのような条件でも飲まざるを得ないからです。一方、同じ役割でスカウトを受けていたとして、この人の話が流れたとしてもまた同じような人にめぐり会えるのではないかという印象もあり、この度合いによって交渉の可否が決まるわけです。
ここからは特に覚えておいてほしいのですが、こういったポジションの交渉経過はここまでの役職になってきた場合、たとえ社長の専権事項であったとしても、一般的には交渉過程が役員会に諮られます。要求している条件も、会社にいる多くのキーパーソンに対してガラス張りになってしまいます。私の経験から申し上げて、役員会の全員が満場一致で腹の底から着任に賛同していることはまずありえません。これがもうひとつの「怖いところ」です。外部から人材が来ることによって、管掌する部門の改善や発展が進んで利益を得る役員と、社内で主流派とライバル関係にある役員は、外向けには一枚岩であるかのように装いながら、内心では反感が渦巻いています。こうした政治的背景がエグゼクティブの登竜門に立っている方にはまだ見抜けないことが多いのです。
もちろん報酬や役割が適正で、自分に自信があるならば、交渉を強気で進めることに反対ではありません。ですが高すぎる要求は会社側に動揺を与え、心理的なプレッシャーになります。仮に提示した条件が認められ、その役割を担ったとしても、報酬が最初に評価された基準値から上に離れていればいるほど、反対勢力は「お手並み拝見」と手ぐすね引いて待ち構えます。ですから120%の大きな実績を挙げたとしても、その評価は100%に留まってしまうでしょう。おそらく報酬のアップも凍結されてしまいます。なぜなら先行払いしたと考えるからです。また他方で100点近い及第点を挙げたとしても、会社はその評価を70点ほどに判定するでしょう。スカウトされてすぐではないにしても、3年後には足を引っ張る勢力が台頭してくる可能性があります。
外部から入った上級管理職と仕事するのを心待ちにしている役員が仮に10人中3人いるとしたら、あとの7人は敵だと思ってください。一般的に人は自分の評価を7割増しで過大評価しがちです。自分の評価は甘くなり、他人の評価は辛くなります。ですが10人の役員がいれば7人は敵なのです。高位のポジションでヘッドハンティングされることは素晴らしいことですが、ここから先のフィールドはこれまでのキャリアで蓄積してきた概念と全く違うことを覚悟しなければなりません。会社の規模が大きくなればなるほど、事象が更にシビアになることは言うまでもありません。あなたとの交渉でフロントに立ったカウンターパートの背後にいる役員があなたを値踏みしているはずです。もっと細かい事例に当てはめなければイメージが湧かないかもしれませんが、私はいつもぎりぎりの交渉を体験しています。転職した上級管理職は政治的に「きょうの敵をあすの友とする」振る舞いを心掛けるべきでしょう。言い換えれば「きょうの友があすの敵になる」こともあるわけです。時には先方が出してきた評価を返上し、先手必勝、低い条件で相手の懐に飛び込むことで恩を売り、入社後に自分の実績を挙げやすくする環境整備をして反対派を封じ込めてしまうような手腕も必要になります。
自分の職務範囲が決まっていて、そこをこなすことで評価されるジュニアからミドルまでの転職と、自分で経営資源を調達し、それを使いこなすことで多くの実績を挙げる真のエグゼクティブとの役割の違い。これはなかなか人が教えてくれることではないので、学べる機会は少ないと思います。しかし役員や社長をめざす人にとってキャリアの中盤以降、ご自身の実務能力がプレイヤーとしての能力以上に必要となるところですから、このコラムでも今後、具体的に触れていきたいと思います。今回はその一部を垣間見ていただきました。政治的な手腕がエグゼクティブのキャリアのなかで問われているということを再認識していただければ幸いです。





