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社 長 コ ラ ムCOLUMN

第53回
2021.09.18

海外から誘われる日本人技術者たち

新型コロナウイルス感染症の拡大で海外はおろか国内の移動さえ自由になりません。しかし意外にもこの夏は海外から「日本の“モノづくり”技術者を迎え入れたい」という引き合いが増えました。在宅勤務やリモートワークといった守りの戦略を強いられている外資系企業が、ビザ、住居、インフラ、高い報酬などを用意し、他国に居住している人を迎え入れるには大掛かりな準備が必要です。そうした採用の決断は部門の一存で出来ることではなく、高いレベルでの経営判断が必要ですから、グローバルな視点から見ても人材市場が「動き出している」という印象を持ちます。


求められる技術者の具体例を挙げると、半導体関連(なかでも半導体製造装置)や、電子機器に使われる一部の特殊なコンデンサー(受け取った電力を消費したり溜めたり放出したりする)などの分野が顕著です。日本企業が8割から9割のシェアを持っているようなケースが多く、そこで働く日本の技術者をどうしても現地に迎えたいという依頼が私たちに寄せられます。そこで要件を聞くと、給与の3倍増を確約するのでした。


しかし、私どもが思い出すのは、以前もこのコラムで触れたかもしれませんが、10数年前に日本の主要な製造業の技術者が、国内製造業の衰退を背景に、海外勢に狙われて海を渡った記憶です。外資系企業に悪意があったわけではないのですが、日本の雇用環境、慣習、文化を熟知できていなかったこともあり、迎え入れた技術者が1年ほど働いた後、技術の吸収が終わったと判断されて、すぐに解雇されたという事案が多発しました。採用した企業は「そのために高額報酬を払っていたのだからあたりまえだ」と思っていました。日本人技術者はそういう雇用環境に身を置いたことがなかったので、非常に驚いて落胆しました。お互いに無知であったためにギャップが生まれたわけです。日本の技術者たちは約10年前の先輩たちの苦いエピソードを知り、それ以降は報酬や景気に関係なく、似たようなケースで転職する人は減っていたように思います。


ところがこの夏、私たち東京エグゼクティブ・サーチが外資系企業と対峙していて大変驚いたのは、外資系企業がこの10年の間に日本人技術者のメンタリティや志向性を驚くほど学習しているということでした。すなわち「人を大事にしなければ、日本の良い技術者や人材を迎え入れて活躍させることはできない」ということを人事評価制度にまで体現させた企業が非常に増えたのです。今回、私たちが接触した会社の評価制度や報酬体系を見ると、短期ではなく中長期にわたって雇用が維持され、報酬も保証されていて、10年前とはまるで形が変わっていました。翻って私たち日本人が同じように外国の人材や企業を迎え入れる際に、同じように学習していたかと考えると疑問に思います。この採用の一件を見ても外資系企業が大変な進化を遂げていることがわかると思います。


私は必ずしも技術移転や技術流出をネガティブに捉えて大騒ぎする必要はないと考えています。しかしこうした好待遇をもとにしたスカウトが今後も行われ、日本人技術者のグローバル化に拍車が掛かるのか。それとも良くも悪くもドメスティックで保守的なこれまでの慣習に則った日本の“モノづくり”が閉鎖的に守られるのか。これは事態の推移を見なければわかりませんが、自社の大切な技術者が狙われ、かつ十分な処遇を用意されて誘われているという実態に、該当する業界の経営者たちがどれほど関心を持っているのでしょうか。私たちも折にふれメッセージを出していかなければならないと思う今日この頃です。